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蘇生の舞 

DCDyomiuri(2月21日読売新聞夕刊掲載記事より)


奇蹟は信じる方だ。でも彼らの来日は決して奇蹟なんかじゃない。

整理番号が200番台にもかかわらず幸運にも正面2列目が確保できた。


ワールドツアーを共にしているミュージシャン全員が来日している為、
ステージには楽器が所狭しと敷き詰められている。

まるで巫女を思わせる佇まいの女性プレーヤーが二人。
そのうちの一人がリサ・ジェラルド。

オープニングからしばらくは馴染のある曲で気分も昂揚する。


ところで、彼らの音楽を陰鬱で暗澹たるもの、と評したのは一体誰だ。

「深遠なる庭園にて…」「暮れゆく太陽の王国で」「憂鬱と理想」
これらは当時、彼らのアルバムに冠せられた邦題だ。
ジャケットのアートワークと相まって、彼らをゴス・ロックのカテゴリーに入れるのも確かに止むを得なかったのだろう。


実際、その音は重く深い。

けれど作品を重ねる度に、中世へのアプローチ、さらにその目は中近東へと向けられ
彼らの音はより深みと厚み、そして広がりが増した。

一貫して変わらないのは、彼らが自らを名乗る“舞”というコンセプトだ。
死の舞踏などではなく、命の息吹きを与える舞。

間違ってもデカダンスという言葉の言い換えではなく。

太古から舞は人類の重要な行為であり欲求でもあった。

そして同様に祈りも。



目の前で演奏される彼らの音楽はエネルギッシュで、そして甘美だ。

懐かしいアナログシンセの音が胸に響く。

一歩間違えばチープなワールドミュージックに陥りかねない中東やバルカンのサウンドも
彼らにかかればとても分厚く味わい深いものになる。

それでいて基本はダンスミュージック。
時おり祈りを捧げるような独唱がアクセントを添える。

アンコールには実に3回も応えてくれた彼らに、退廃的などという言葉は似合わない。
それを目の当たりにしたのだから、やっぱり僕は奇蹟を観たのかもしれない。

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DEAD CAN DANCE 2013.2.13 CLUB QUATTROにて。

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